本日の北京(2020年ブログ版)

軽く、リアルに北京を語るライターブログ

ハイテク化されても緊張感は変わらん病院

久しぶりに最近は相棒の骨折に付き合って、地元の病院に通っている。

この積水譚病院は北京オリンピックの時も指定病院になった外科方面では北京一有名な大病院だ。

 

ところが、松葉杖や車椅子の患者を見る病院なのに、迎え入れる本館入り口には10段位の急な階段が聳えている。(急なカーブを下がって地下からか、裏口に回れば車椅子用の入り口もあるのを後から知ったが、案内もないし、いかにも遠い。)

 

敷地内への車の乗り入れも長蛇の列だし、タクシーはNGなので病院の敷地前で降りて、えっさかほっさか行くしかない。

 

で、ようやくビル内に入ると、わが相棒は鼻の穴を大きくして、「僕のことはもう良いから、早く受付に行って並んでいてくれ」とかいう。

それじゃ一緒に付き添った意味がないじゃないか?と日本人的な発想が頭をよぎる。でも、確かにあの空間に入ると、一刻も早く右往左往する群衆にめげずに、あるべき治療を受けて帰らなくてはならない、という生き残りをかけた気合が湧いて来る。患者に付き添ってノロノロしていたら、何もしてもらえず「没有メイヨ」とか「不知道」とか「今日は終わりだ」と言われかねない。

 

とにかく、人が多くてごった返している。様様な理由で割り込む人もいっぱいいる。

 

一方、自動化は進んでいる。受診受付もレントゲン写真受け取りも全て機械。予約しておいて、健康保険カードを入れて、ウィーチャットでお金を払うと受診票が出てくる。

 

ただ、それを持って指定の階に行って並ぶのだが、そこからはハイテクでなくローテクワールド。指定の課で待っていても、抜かされたら大変、入り口で気合を入れて自分の番を待たなくてはならない。

 

待合の椅子も少ないので、松葉杖なのに、相棒は立ったまま。昨日は誰も席を譲ってくれなかった。石膏がわるいのか、敏感肌なのか、ギブスの中で化膿しているらしい。毎朝、起きるときにかなり痛いらしい。そう、先生に訴えても、骨優先だから、「没事」「没弁法」(「大丈夫」、「仕方ない」)と言われて終わり。

 

月や火星まで行く技術とカネがあるなら、ギブスで肌が化膿しないような技術を先ずは開発して欲しい。どうにかならないのですか?などと先生に質問していると、どんどんドアを開けて次の人だか、前の人だか知らんが人が押し入ってくる。先生も面倒くさそうな顔をして、もう何も言わない。

 

レントゲンは、まず、医師にその指示書と請求書をもらう。それを持ってまた並んでお金を払って、レントゲン課に行って順番を待って、撮ったら、約30分後に自動プリンターの前に並んで自分で取って、それを持って再び並んでさっきの医師に診てもらう。

 

全ては、自分で一々前払い、そしてどこもが長蛇の列。松葉杖の患者がこなせる技じゃない。

 

後払いの日本で思わずドロンしちゃう人がいるらしいが、そうしたくなる心理はこの中国国内のまずはカネを支払ってからサービスという「鉄則」にある。

 

単にギブスのレントゲンを撮って、先生がそれを3秒見て、「没問題 大丈夫」と確認するだけの診察なのに、とにかく、割り込まれないように、必死に順番をチェックし続けてドアの前で構えていないといけない。家に戻ったら、相棒は瞬時に眠ってしまった。本当に疲れる。

 

全身の集中力を最高値にセットして、戦闘態勢で臨まないといけない。終わると妙に「無事診察できた」という大きな充実感?に包まれる。まあ、「私って、生きているな!」と感じられる瞬間でもあるのだけど、やっぱり、もう少しエレガントに病人らしく受診したいものだ。

 

これ、北京一番の接骨外科病院の昨日の風景なり。