本日の北京(2020年ブログ版)

軽く、リアルに北京を語るライターブログ

中国のお笑い その2

中国のお笑いを解明しようと挑戦しているものの、これが結構難しい。

 

中国には昔から中国漫才というべき「相声」という庶民の伝統芸能がある。これは竹板の楽器を操り、喉を鳴らして調子の良い歌をきかせ、早口言葉をさらりと言って見せなくてはならない。技術的に結構大変な芸能だ。

 

この芸能の代表格は北京の郭徳鋼だろう。ビートたけしを新大久保から天津風にして、小さくしたような感じのキレるおっさんだ。非優等生的な俗っぽい感じのギャグやユーモアが受けて人気だ(いだいなる中国の公的空間ではワルは許されないから、殊更、貴重なのだ。)今でも有名人で、弟子も活躍している。

 

前置きが長くなったが、では、最近の脱口秀(トーコウショウ)はこの伝統的な相声と何が違うか?答えはズバリ、世代の違いだ。近年の中国のお笑いは若い人の独壇場だ。自然と話題は今の20代、30代の若者が関心のあるテーマになる。

 

ざっとみてみたところ、

○大都市の生活(上海、北京、広東、深セン)に上京はしたけど、楽じゃないよね、という話題。成功プレッシャー、都市の繁栄と虚偽など。

○親と自分とのジェネレーションギャップ。保守的に心配する親と、自由に生きたい自分。家買わないの?結婚しないの?ちゃんと大きい会社で儲けないと?子供うまないと、という親。

○仕事場での苦労。理不尽な要求を平気で押し付けてくるクライアントや四六時中はたらけというボスとのギャップ。

○若い男女の恋愛。勇気を持って大胆に行動できない男女の悩み。相互の期待や行き違いとそれで傷つく 脆い心

 

欧米のユーモアは知性の基本でもあり、主流派の文化、宗教、民族、性、政治などの権威をネタにして皮肉るのが真髄だ。

 

もちろん、政治性ゼロの生活観察から面白い人間の性を探して笑うのもある。これもアリだ。

 

一方、日本のはギャグで、相手の容姿や弱みや失敗をディスる、自嘲するネタが多い。

 

中国でも、相手をディスるのはお笑いの王道だが、正直、この手の笑いはジャンクだ。もう少し社会現象とか、人間の側面をうまく掴んだものが味わい深い。

 

上の4つのテーマが人気なことからも、中国でも皆が本当に聞きたいのは、即席の笑よりも、こういう若者の心理を代弁した笑いなのではないか?

 

中国の今の若者だからこそのお笑いが育ちつつある。お上とは全く別の次元であらゆる可能性に向かって草生する市井の活力である笑い。中国の厳しい風土の中で負けずに根を張り、枝を茂らしていくことを祈っている。