本日の北京(2020年ブログ版)

軽く、リアルに北京を語るライターブログ

7・3の功績と罪

昨日は北京に初めて遊びにきてこちらの男性がケア的で優しすぎてびっくりした、食べ物もフルーツもどれも美味しかったと感激して戻って行った40代のアーティな女子から質問されたことを現地の知的な60後の友人たちに聞いてみた。

つまり、ぶんかくのことを一般の人はどう思っているのか?と。

彼らの答えは公式には7・3だ、という。これは髪型ではなく、政治の国であるここでは、毛の評価だ。7は国をにほんのしんりゃくから守り独立させた功績で、3は混乱させた罪。これは彼の死後に鄧小平が言った言葉。元祖はソ連のスターリン評価の言らしい。

 

これをしっかり否定してしまうと、このくにのとーちまで否定することになるので、3程度で終わりにしたという。そしてその時代に迫害を受けた彼らの父親たち、すなわち67、68年ごろの20代、30代だった人たちはもう90前後になり姿を消している。

その当時、紅 衛兵だった50年代生まれの人たちはおそらく当時は彼らの人生の青春とも重なって人生のピークだったはず、という。そもそも、彼らは全てに置いてタイミングが悪い一代だ。生まれてすぐ飢え(1959年のきが)、就学時期になったら学校は閉鎖され下放(67年からの10年のぶんかく)、ようやく町に戻ってきて、結婚したら、子供は一人に制限され(一人子政策)、働いてまもなく国有企業で首切りの波(90年後半の下岡)、という最もついていない世代。その中で、ぶんかくちゅうは一瞬だが、時代の”ボス”となり、やりたい放題だったわけで、人生のハイライト、という人も少なくなかったという。なるほど。底辺のエネルギーを爆発させ、それを利用したということか。

そう話す彼ら60年代後半〜70年代生まれはぶんかくと言ってもまだ子供で濃い影響はない。むしろ改革開放に舵を切った80年代後半以降に青春を送り、私企業や海外文化の流入など新時代の波の第一線に立ち、利も得た最もラッキーな世代だ。

80年代生まれになるともう一人っ子でワイルド感は消え管理された消費中心社会に向かって行ったが、80年代は欧米へも目が向き、日中蜜月時代でもありで海外文化に憧れた世代。でもすっかりノンポリな世代でもある。

ということで、ぶんかくに関してははっきりさせない。もうを否定は絶対しない、という制限の中で片目を開けて、片目をつぶって今日まできた、ということらしい。

そうそう、もう一つ、その時に両方がまおを支持していながら、内部でも派閥同士の争いが勃発し、内戦になりそうなくらいだったという。その時の恨みを彼らの親たちは死ぬまで忘れなかったという。そういう複雑に激しい歴史の中でここの人たちは生きている。

これ、本日の7・3のお話也

 

 

 

日本でも仕事ストレスで精神障害が多発

今日は最近読んでいるこちらの田舎の90年代以降の人の心の荒廃ぶりと精神疾患の急増を友人とシェアしたが、彼女曰く、日本でも仕事のストレスで労働災害件数は過去最高になり、教員の精神疾患も多い。なぜ、これほどまでに人が生きづらい社会になっているのか?と。

彼女のいる一流大手外資系メーカーの職場も例外ではなく、朝出勤してもみんな挨拶さえし合わないという。「みんな朝から下を向いて、誰とも目を合わさない。みんな超多忙オーラを振り撒いて、一ミリの余裕もない」なんて、なんとも息苦しい。

また、彼女の知り合いのアラフィフの女性は地方の公立中学の教員だったが、うつ病で休職しているという。

物質的には豊かになったのに、幸福度は下がっている。

これは中国でも同じだし、米国でもギリギリで生活する人が増えているという。

地球上で共通して、明らかに何かが間違っているのに、それがしっかり認識されて、改善するべきこととされていない。共通したリアクションはナショナリズムだ。あいつらが俺たちの職を奪っている、帰れ!でも、本当にそうなのか?

この構造自体に問題がある。それはどうにかすべきだ。

それとは別口で警備のおじさんに挨拶する、自分で体を動かすなど、自己防衛策はあるし、積極的に自分の健康は維持すべきだけど、この二つは次元が違う。こちらでは、社会の根本的病理を問わずに自分で自分のご機嫌を取れ、となっているけど、それもおかしい。

両方必要だよね。

とりあえずは先ずは元気を維持できるよう、猛暑にも地震にも負けずに賢く楽しく前向きに進みたいところだ。

これ、本日の友人とのおしゃべりなり。

ニュースにさえならない農村での殺人事件

殺人事件がニュースになるということは、そのくらい珍しいということで、ある意味で日本の平和度を表している。米国もヨーロッパも東南アジアでも残念ながら殺人事件はたくさんあるのでニュース性はない。中国も然りだ。

昨日はたまたま、南方週末と今読んでいる2010年に出版された農村に関するルポルタージュで村の殺人事件が出てきた。

南方週末のは2025年9月に四川省成都簡陽市でおきた精神病容疑のある76年生まれの男性が村の知り合いの退職教師や親戚合計三人を続け様に刃物で殺したという事件。これまでに06年、10年、23年に麻薬や暴力事件などで捕まっていた。親戚たちなど周りの人は前回の事件・投獄から戻ってきてから、目つきや話が支離滅裂でおかしくなったことに気づいていたという(中で叩かれておかしくなったのかも、という話もある)。兄にも村の幹部にもその点は伝えていたが、重視されなかったという。

精神分裂症など6つの精神病患者に対して中国衛生省は「登録制度」を実施しており、「予防と危険行為をコントロールするために病院ー社区(町会)ー公安(警察)でリストをつくり重点的に訪問するなどにより、監視し、無料で薬と治療を提供している」という。ただ、この制度も患者保護の視点はなく、精神 病院に入れられたら一生出てこれない可能性もある。その一方で、今回の事件のように、実際にはその連携・監視も機能していず、誰も彼のケアに当たっていないというのが多くのケースのようだ。

もう一つのルポに出てきたのは河南省の作者の出身村での殺人事件だ。85後生まれの留守児童(4、5歳の時に親は新疆に出稼ぎに。外でネットカフェの商売に成功し戻ってきた兄夫婦と同居していた)で地元の高校1年(犯行当時)だった少年が村の70代の一人暮らしのおばあさんを刃物とレンガで殺人した上で強姦した事件だ。その日は高校から戻り兄の家でAVを見て寝たが、夜中にトイレに起き犯行に及んだという。04年に起きた事件で06年に捕まるまで彼は静かに地元のトップ高校で勉強を続けていたという。寡黙で勉強はよくできる生徒だったらしい。

前者の人間関係については多くが触れられていないが、後者は家族愛に恵まれず留守児童として孤独に生きる農村部の若者の荒廃と関係がありそうだ。壊れて精神が触れてしまった人による突発事件は増加しているようで、そういう事件対応の演習を郷鎮の公安など公的機関が開催している動画もあった。

人間は脆く、特に幼年期に親の十分な愛を得られないとその後も健全に育つのが難しい。90年ごろ以降から農村部の親は出稼ぎに出て働くのが一般的になってきて、大量の留守児童が出た。親は地元の祖父母に頼んで行くが、祖父母たりとて必ずしも孫の養育を歓迎しているわけでなく、子供は面倒なものとして親戚間で押し付け合っている様子も窺える。子供にしてみればなんと辛いことだろうか。

こうした言葉にならない辛さが壊れた人を作ってしまっているのかもしれない。これ、本日目にした農村部の闇なり。

世界中で移民排斥 南アフリカでも

今日はNYTの記事から、移民排斥がアフリカで最も豊かで、白人による人種差別を克服して地元民の国になった歴史をもつ南アフリカでひどくなっているという。

https://www.nytimes.com/2026/07/26/world/south-africa-identity-crisis-wildfires.html?ae=oa&campaign_id=346&context=action_bar_read&emc=edit_wor_20260726&instance_id=179373&nl=the-world&regi_id=83745151&segment_id=223733&user_id=146fe69079840571c58b7ca05310b579

これまで、外国人排斥は2008年以降起きてきたが、今回のはSNSを使うなど、より組織的かつ全国的で根が深く、ガーナ(おそらく政府)は自国民の安全のためにチャーター便を飛ばして300人をすでに自国に避難のために送り返したという。これに倣い、ケニア、マラウィ、ナイジェリア、ウガンダも同様のチャーター便を飛ばしたという。

何が起きているかというと反移民グループが暴徒的な群衆となって移民オーナーの商店に押し寄せ、「店を閉めて自国へ帰れ」と責め立てる。店主は「この店は合法的な経営だし、南ア人を五人も雇用している」といってもMOBは何も聞かない、とにかく自分の国に帰れ、と騒ぐ。

他にも、彼らが違法占拠住宅とみなした、親子の家に押しかけて、家財を道に放り出して「出ていけ」と騒ぐなど無法地帯化している。

同国の失業率は30%に及び、移民数は登録されているものだけで5%だが、実態はそれより多いという。彼らの主張は「移民が我らの仕事を奪っている、資源に負担をかけている、そして彼らは犯罪に関わっている」という世界共通の3点セットだ。

世界的に失業など多くの下層市民の生活が圧迫される現実があり、苦しむ人々は自分よりさらに下の移民排斥で団結して自分の存在を確かめ、競争相手の消滅による生活の改善を夢見る。上のエリートはこうしたニーズを嗅ぎ取りナショナリズムの旗を振り自分の票としようとする。

大きな環境全体に根ざした本当の問題を放置したまま、単なるスケープゴードへの排斥による憂さ晴らしに過ぎずネガティブな循環だ。移民という異文化の人たちをどう社会的に融合させてよりよいダイナミックで多様な新しい自己文化・環境を作るか、は確かに容易ではないが、それをしていくしかないはずだ。

北京や上海でも「外の省の人」という言葉があり、彼らは別枠扱いだ。南アの人口は6500万人で北京市の2.5倍程度。アフリカの人口は2022年は約14億人でほぼ中国全体に相当する。

弱いものによる弱いもの迫害の残念な景色。

これは世界中でいま起きている景色のようだ。

 

矯正施設に入れられて彼氏が助けにきてくれた by 北京の21歳音楽専攻女子

再び矯正施設に親に送り込まれた成人の女子の話だ。(byぐーしFM 26/7/24)

この事件は「主流」ではないだろう。が、逆に日本のようにトップ記事にもならず、小さなポッドの扱い、という事実から見るに、別に中国の人はそれほど驚かない「あ〜そういうこと、あるかもね」的な存在のようだ。

これを話しているのは施設に入れられ、外との連絡を閉ざされた本人で、「🎵親に感謝〜、親は私の恩人〜」という施設で毎日数十回練習させられた歌をインタビューでも歌っている。彼氏は北京の子だが、親が離婚し小中高をカナダで過ごし名門マギール大学を卒業し現在、北京で大学院受験準備中の25歳。二人は去年知り合い付き合っていた。

彼女が学校の寮に帰ると、父親に嘘をついて彼の家にいったのが去年年末で、それ以降親は猛烈に反対。婚前性行為が問題だったのだろう、という。だらしないとか、恥だとか、売春婦とか彼女を罵り、警察にも彼女が自殺をしようとしていると嘘をついて捜索させる。そんな数ヶ月がたち、今年の3月、彼女は田舎のいとこが事件に巻き込まれた。その件で警察があなたは共犯者容疑で協力を求めているから行くといわれ、親戚のおばさんと父に携帯を取られ、車にのせられ、ついた先がこの矯正施設だったという。

最後はこの彼氏が彼女の居場所を突き止めて助けに来てめでたしという話だ。

まるで映画のような本当の話。両親は山西省運城の小さな村の出身で唯一中学に推薦入学を果たしたし、同級生同士の親は父が軍隊経由で7年の遠距離を経て北京に流れ着き合流した。村出身の親にとっては非凡まれな北京への花道。その分、子供への期待が膨らむ。(この辺の力の入り方が日本人には理解しにくい部分だ)

子どもの彼女は北京戸籍をゲットし大学にも進学。これは地方の村出身の親にとっては超ラッキー成功物語。あとは北京戸籍のしっかりしたお相手と結婚して、本当の北京人として非北京戸籍の親と7歳の弟の面倒を見てくれれば完璧、という皮算用だったようだ。

それがカナダから何処の馬の骨だかわからない男が登場して、娘は同棲を始めてしまう。どうにか阻止しないとファミリービジネスが台無し、と焦った親の決断だったのだろう。

21歳の成人している娘を独立した大人と見れず、あくまで自分の支配下の子であり、当然、安定した男性と結婚させるのが親の役目と硬く信じている。日本なら明治生まれの親のような人がまだまだ北京にもいるということだろう。彼女が21歳なら、親もまだアラフォーだろう。それでもこうなってしまうというのは衝撃的だ。

背後にあるのが、村と北京の人生格差、戸籍という重い縛り、老後セーフティーネットとしての子、儒教的価値観の親、親戚・周囲の目、広がり続けるジェネレーションギャップ、明らかに非合法なのに開業し続けている矯正施設という灰色産業(&暴力)の存在(とそれを取り締まらない上との灰色な関係)、国際的で独立した子供たちの出現などだろう。

私の目には、事件も施設の存在も「こういう酷い面もアリだろう」とは思えないが、おそらく多くの中国の人たちはそう感じている。この違いは何なのだろうか?

まだまだ私が知らない深い深い農村の闇に対する理解の違いなのかもしれない。

これ、本日の北京なり

灵活就业 3.2亿人

コロナ以降の下り坂局面で、街で急速に黄色い服(フードデリバリー最大手の美団の制服)や青い服(同2番手”ELEMA餓了マ”)の人やDIDI(中国版Uberタクシー)の運転手が増えたのは身近に感じていたが、いよいよ今年は”フレキシブルな就業者”が3億2000万人に達するだろうと予測する統計が数ヶ月前に民間シンクタンクによる『2025年中国ブルーカラーグループ(蓝领群体)就業研究報告』からでた。(2025年は2.8億人、2015年は1.2億人、2020年は1.7億人、2021年は2億人、2023年は2.3億人だった)

 

内訳はこれらのフードデリバリーなどの鉄人レースと呼ばれるプラットフォーム肉体労働系が7000万人でさらにYoutuber系関係者が2500万人と合わせて9500万人。

さらに、個人零細自営業が1億人、零細農務・短期バイト工が8500万人で合わせて3億2000人だ。

 

政府系のデータで2億人を突破したと言ったのが2021年5月のこと。最新のデータでも公式なものは2億人超となっている。主に農村部の非専業農民の零細業者を含めたか否かの違いらしい。

中国の労働者総数は2015年からずっと約7億人超なので、ざっと計算すると3.2億人だと4割の人がフレキシビル就業者。社会保障などを払っている人はこのうち3分の1程度で多くが長期的な社会保障がない状況に置かれている。

 

この統計を紹介している微信記事のコメントには

「だから若い人は結婚なんてしなくなる」

「半分の人が安定した収入がないということだ」、

「“フレキシブル”就業じゃなくて、単なる“バイト”就業だ(不是“灵活”而是“零工”)」

などなど。

日本以上に速い速度でプラットフォーム下の就業が労働市場の巨大な部分を占め始めている。この国ははるかに速い速度で資本主義的合理主義の原則で邁進している。

悩み相談のプロに聞きました

最近、日本でプロで悩み相談を受けている人と知り合った。彼女の相談者へのアドバイスは非常に丁寧で的確な上、骨太で温かい。一つ確か母親とのもつれに悩む相談者に対しての彼女のアドバイスが秀逸で、「人(=母親)の問題としてではなくこれをある現象と捉えたらどうでしょう?」という。なるほど。本当にそうだ。これは逆も同じだ。

私を悩ますある人は二言目には人格批判を口走る。(これはそのある人の親が彼に対してそうしてきたことが多分背景にある。毒と戦っているうちに自分も毒されてしまったらしい)

人格批判をする人に対しては、「人間」じゃなくて、「事」について語れといいたい。具体的な方策に合意できないなら、それだけをテーブルに乗せて話し合うべきなのに、すぐに、そんなやり方をしたがるお前はバカだとか甘えているとか学歴の差だとか人格方面に焦点が完全にずれる。

人格なんてそんなに簡単には変えられないし、そもそもその人の核であるから、そこをいじられたら、傷つき逆上こそすれ、目の前の課題は何も進展しない。相手への不信感が募り、ますます解決から遠のくだけだ。

だから、やはり賢い人はなるべく危うい人に近寄らないこと。どうしても変な人の近くで何かしないといけない場合は、「変な人」と思わず(そう思うと不必要に不愉快になるから)「変な現象」と捉えて、そこからどう抜け出すかを考えたら良いかも知れない。

さすが、プロだ。

これ、本日の北京悩み。